楽山大仏、唐の時代に造られた巨大な磨崖仏(まがいぶつ)

楽山大仏の頭

東大寺の大仏の5倍もある巨大な石仏が、成都の南の楽山市にあると知り、宿で手配したバスに3時間乗って行ってみた。楽山市は、大渡河と青衣江という2つの川が合流し、さらに岷江と合流する水陸交通の要衝。楽山は、日本語読みでラクサンだが、中国ではローシャンと読む。

楽山大仏 顔

どことなくコミカルで穏やかな表情の楽山大仏は、高さが71m、頭だけでも15m近くある磨崖仏(まがいぶつ)で、唐の時代(803年)に造られた。当時の人々が90年かけて山を掘り完成させたそうだ。

楽山大仏

岩壁を削って造られた仏像。上から見るだけでも圧倒的な存在感がある。

楽山大仏の岩壁 階段

岩壁沿いに掘られた階段を使って大仏の足元まで下りる。楽山大仏は、塩の生産で富を築いた楽山の人々が、仏への感謝と、塩の運搬の大動脈だった岷江の氾濫を鎮めるため、民衆の想いによって造られた。

楽山大仏 下から見上げた大仏

713年に海通という僧がこの崖に掘りはじめた。完成まで程遠い30年後に亡くなるも大仏堀りは人々に受け継がれ、開通の死後60年経った803年に完成した。大仏の完成後、実際に川の氾濫は減ったそうだ。大仏を作る際に削られた大量の岩や土砂が合流地点に捨てられたことで流れが穏やかになったから、らしい。大仏建造は結果として治水工事にもなった。

楽山大仏は、自然環境に伴う歴史的な建造物として、1996年にユネスコの世界自然文化複合遺産に登録された。楽山でこの大仏が掘られているとき、奈良では中国から見た東の大寺として、聖武天皇が東大寺の大仏を完成させている。

大渡河と岷江の合流地点

楽山大仏が見つめる先は二つの川(大渡河と岷江)の合流点。淀んだ川の色は東南アジアの大河メコンと似ている。写真右側に写る岷江はの川幅がは380m。僕の生まれ育った千葉県を流れる江戸川と比べると水量がはるかに多い。中国内陸部にある長江の支流にも関わらず自然のスケールが大きくて「大陸」を感じる光景だった。

成都から楽山までのバス移動は、陽気なイタリア人カップルとカナダ人の旅人と一緒だった。ミラノ近郊に住むカップルに、このあとイタリアに行くかもしれないことを伝えると、ミラノは観光するには良い街だが、ホテルも食事も高いからうちに泊まってくれとアドレスを教えてくれた。ミラノはお土産にブランド品を買っていくような観光客に合わせて観光業がインフレしているらしい。でも実際にミラノに住む普通のイタリア人はそんな余裕はないと言っていた。カナダ人の旅人ローワンは、ロシア、モロッコ、韓国、日本を旅して、香港で短期間仕事をしてから中国で旅を続けているそうだ。

後記:楽山に行くバスで出会ったローワンとはこの後の旅で長い付き合いとなった。菜食主義でヨガを愛する南アフリカ出身の31歳、カトマンズに着いたらすぐにネタを仕入れに行くような、5歳年上の旅慣れたカナダ人バックパッカー。