九寨溝(アバ・チベット族チャン族自治州の自然保護区)
九寨溝(キュウサイコウ)は、四川省の省都「成都」から北に約400km、岷山山脈の奥地にある秘境で、標高3,400mから2,000mの広い範囲に100を超えるの海子(ハイズ)や湖が点在する中国屈指の景勝地。この場所を何かの本で知り、四川省を旅するときには是非訪れたいと思っていた。
九寨溝という名前は、渓谷=溝の周りに実際に九つのチベット族やチャン族の村=寨があることに由来していて、中国語ではジウジャイゴウ(Jiuzhaigou)と読み、チベット族の言葉では「シルツァデグ」と呼ばれる。
九寨溝エリアの入場料は、グリーンバスのチケットと合わせて310元(約4,800円)。購入時に申告するとチケットに写真がプリントされ二日間有効になる。九寨溝では環境保護のため観光客用の電気バスだけが走っている。
九寨溝各地の見どころへは電気バスか徒歩で移動しながら訪れる。まずは最も標高の高い原始森林地区(3,400m)までバスで向かった。朝の凜とした空気と静けさのなか森の中を歩く。朽ちて倒れた大木が土に還る光景が広がる。木陰にはリスの姿もあった。
10時頃、すぐ近くで雷鳴が轟き大粒の雨が降り始めた。訪れた7月は年間で最も降水量の多い時期なので覚悟はしていたが、気温も下がって震えるほど寒くなかなかタフなスタートとなった。この旅で初めて雨合羽を着て歩いた。
雨宿りをしながら標高3,400mから3,000mまで歩いて下る。しばらくすると雨はおとなしくなり、深い山の中に青い川が流れる幻想的な光景が続いた。
標高2,915mにある天鶴海と呼ばれる湖に着いた頃には雨も止み、鏡のような湖面がはっきりとしてきた。豊富な水草や藻類を求めて140種以上の野鳥が集まるそうだ。
熊猫海(=パンダ湖)と呼ばれる青い湖。九寨溝はジャイアントパンダ=熊猫の棲息地となっていて、かつてはこの湖周辺にもパンダがいたらしい。この辺りには箭竹と呼ばれるパンダが好む竹が生えている。
カルスト地形に広がる九寨溝は巨大な段々畑のように構成されていて、その段差部分には大小様々な滝が17もある。幅が320mある諾日朗瀑布(ノリラン滝)は中国で最も幅の広い滝とされていて、圧倒的な規模と水量で凄まじい迫力だ。汗ばむカラダに水しぶきが気持ちいい。
透き通った湖水にはたくさんの魚が泳いでいたが、九寨溝にはこの一種しか生息していないそうだ。鱗のない鯉の仲間で、石灰の多く溶け込んだ水に唯一適応した固有種。
午後になって天気が回復した。標高2,472mにある「五花海」と言う浅い湖は、太陽の光によって濃い青から淡い緑まで様々な色を放つ。九寨溝で唯一、真冬でも凍らない湖でチベット族にとっては神の湖とされている。
湖底に突き刺さった枯れ木。青い水の上のわずかな部分から新しい芽が生えている。九寨溝で特に印象に残っている光景。
二日に分けて見て回った九寨溝。二日目は九寨溝の最奥地にある長海からスタートした。標高約3,100mにある長海は氷河の侵食によって生まれた長さ7.5km、水深100mの巨大な湖だ。周辺の山はヒマラヤ杉が鬱蒼と生い茂っている。
九寨溝の中で最も美しいとされる「五彩池」に太陽が真上に上がる頃に到着した。知っている言葉ではうまく表現できないほど美しく、眺めていると水の中に飛び込みたくなるような衝動に駆られる。
中国では「九寨溝を見ずに水を見たと言うな」と言う諺があるそうだが、水の美しさを感じるとその言葉に納得できる。
風でキラキラ波打つ青い湖面にカモが泳いでいた。鳥にもこの色は見えているのだろうか。そしてこの色は「青」でいいのだろうか。
九寨溝の「火花海」周辺にはチベット族の集落がある。中国政府が自然保護区に指定するまでは、九寨溝周辺でも無計画な森林伐採が行われていて、数多く生息していたジャイアントパンダもほとんど姿を消したそう。いつまでもこの自然が残ることを祈るばかりだ。
7月末、夏の九寨溝に咲く花。湖畔には数多くの高山植物が自生していて、蝶や蜂の姿も多かった。
九寨溝には食料の持ち込みが禁止されているため、一日歩いて帰る頃には腹ペコだった。晩飯はホテル近くの小吃(飯店)で食べる。中国に来てからどこで食べても本当に美味しいので毎日食事の時間が楽しい。日本でも一般的な麻婆豆腐、回鍋肉、青椒肉絲は中国の奥地でも鉄板だ。四川風の激辛が苦手なので注文するときは、「不要辣椒(ブーヤオラージャオ)」と言って辛さを抑えてもらう。
追記1:九寨溝を訪れた翌年の2008年5月12日、深刻な被害が日本でも連日報道された四川大地震(マグニチュード8)が発生した。死者・行方不明者が9万人になる歴史的な大惨事となった。九寨溝に大きな被害はなかったそうだが、九寨溝までの道は土砂崩れや橋梁の崩壊などで寸断され、復旧した2010年までは観光も制限されていた。
追記2:2017年に8月8日夜、九寨溝を震源とするマグニチュード7の九寨溝地震が発生。この地震では、崖崩れや落石に観光客の乗ったバスも巻き込まれ、亀裂によって水が干上がってしまった火花海の様子が報道されていた。一部エリアを除いて2019年11月から観光客の受け入れを再開したとのこと。