ネパールからインド国境を越えてバラナシへ

ネパールからインドへ向かうため、ポカラのバスターミナルから夜行バスに乗り、約180km先の国境スノウリまで続くシッダールタハイウェイを南下した。山間部を抜けるとネパール南部に広がる「タライ」と呼ばれる平野地帯を進む。夜通し走り続けたバスは約8時間後、夜明け前のインド国境に到着した。

日の出と共に動き出した人々や車両に砂が巻き上げられ、埃っぽいスノウリの通りにオレンジ色の光が差し込むと、静まり返っていた国境がだんだんざわつき始めた。国境ゲートが開く朝7時までチャイを飲んで待っていた僕らは、長らく滞在したネパールを背にして、旅の第8ヶ国目インドに足を踏み入れた。

Sonauli Border スノウリ国境

“WELCOME TO INDIA”と書かれたゲートをくぐった先のイミグレーションオフィスは、拍子抜けするほど小さくて地味。係官はスナック菓子を食べながら新聞を読んでいて、バックパックを背負った僕らが目の前にいてもノーリアクションだった。こちらから声をかけ、入国手続きのために入国カードとパスポートを差し出すと、「ペン!」と言うので僕のボールペンも渡した。くたびれた名簿帳に僕の名前とパスポート番号が書き写され、パスポートにスタンプが押された。

ネパール側で350ネパールルピー(約630円)で手配したバラナシ行きのバスに乗り込むと、バスの中にいたスタッフらしきインド人の男が「荷物代で150インドルピー(約430円)だ」と言ってきた。既にバスの料金は払ったと言い返すと「荷物代は別だ。嫌なら降りろ」と荷物を外に放り出そうとする。バラナシ行きのバスは他にないため強気だった。こうなってしまうと揉めたくはないし、支払うしかないのである。入国直後でインドルピーがないので、国境のレートの悪い両替屋で20USドルを700インドルピーに両替して荷物代を支払った。しかし、しばらくすると荷物代を渡したインド人はどこかに行ってしまい、後から乗ってきた人は荷物代など払っていない。早速、カモられてしまった。

Sonauli Road スノウリ道路

ポカラから国境まで乗ってきたバスは、揺れで窓が外れていたが、国境からバラナシまでのバスは、揺れで窓が勝手に開いてしまうので、窓枠を押さえ続ける必要があった。幼稚園バスの様な窮屈なバスなので、小さなシートに座ると前の席に膝が当たる。タイヤのサスが効いていないので揺れも激しく、スピーカーからは大音量で音割れしたインドポップスが流れていた。

Sonauli to Varanasi by Bus

トイレは、ドライバーが気まぐれに停めたところで勝手に済ませるしかなかった。男はまぁいいが、女は木の陰や草むらに隠れてしなければならないので大変だ。

北インドの穀倉地帯
北インドの農家

国境からバラナシまでは、地平線まで続くインド北部の穀倉地帯が続いていた。昨日までいたヒマラヤの余韻が完全に消え、国が変わった以上に景色が地続きで変わっていった。

そんなこんなで国境からバスで約300kmの道のりを、大音量のインドポップスと、「パラリラパラリラ」とヤンキーに鳴り響くクラクションを聞きながら約10時間、一睡もできないまま、夜の19時にバラナシの駅付近に到着した。150ルピー払った荷物がバスの屋根の上から降ろされると、リクシャーワーラー達が我先にとバスの周りに集まってきた。その中のひとりと値段交渉し、50ルピー(約145円)でバラナシの中心にあるゴードウリヤー交差点まで乗せてもらった。

OM Rest House Varanasi

ゲストハウスの集まるエリアまで細い路地を歩いて、以前に誰かに教えてもらった「OM Rest House」という安宿のダブルの部屋に一泊150インドルピー(430円)でチェックインした。一泊の料金はバスでカモられた荷物代と同じだった。昨日の夕方にポカラを出てからの移動時間は26時間。夕食を食べに行く気力もなく、シャワーも浴びずにベッドに倒れ込み、そのまま朝まで眠った。