ヒマラヤの国境コダリからネパールの首都カトマンズへ

コダリ 国境の橋 Phulping Bridge

チベットとネパールの国境、コダリに来るとこれまでと空気がはっきりと変わった。中国側の国境は事務的で殺伐としていてたが、ネパール側のイミグレーションは、アットホームな雰囲気で、係官は陽気で笑顔。とてもウェルカムだった。

バックパックを背負った背中が久しぶりに汗ばんでいるのを感じながら、旅の7ヶ国目「ネパール王国」に足を踏み入れた。腕時計の時刻を2時間15分戻し、北京時間ともここでお別れだ。昨日までの乾いた冷気は消え、湿り気を含んだ空気がじわりと肌にまとわりついてくる。国境というラインを越えただけなのに、世界は驚くほど違っていた。

ルンギと呼ばれる腰巻きを身にまとった褐色の女性たちが、大きな荷物を背負いながら行き交う。谷の崖にできた小さな滝の下では子供達がびしょ濡れになって遊んでいる。別の滝の下では車を洗っていた。

ネパール国境 コダリ
アルニコ・ハイウェイ

コダリを出発し、国境でチャーターしたジープでカトマンズを目指す。

ヒマラヤ南部の山岳地帯を抜けるこの道は、アルニコ・ハイウェイと呼ばれ、チベットとネパールを結ぶ幹線道路だ。窓の外には、深い谷と切り立った崖が延々と続いていた。道幅は狭く、未舗装の道にガードレールはない。それでも運転手は慣れた手つきでハンドルを操り、クラクションを鳴らしながら淡々と進んでいく。

アルニコ・ハイウェイ
アルニコ・ハイウェイから眺める段々畑。
アルニコ・ハイウェイ 車列

しばらく順調に山道を下っていたが、途中で運転手が車を停め、エンジンを切った。土砂崩れで道が塞がり、通行止めになっているそうだ。車を降りて、ただ様子を眺めている人や、岩に腰掛けて談笑する人たちを見ていると、ここでの通行止めは珍しいことではなく、予定通りに進まないことも日常という感じだった。

アルニコ・ハイウェイ バス 渋滞

しかし、2時間経っても動き出す気配はなく、車1台すれ違うのがやっとの道に50台以上の車列ができていた。暇を持て余していたので、周辺をうろちょろしながら過ごす。

アルニコ・ハイウェイ 家族
アルニコ・ハイウェイ 崖っぷちの男たち
アルニコ・ハイウェイ 崖崩れ

崖崩れの付近では、小型のブルドーザーが作業をしていた。雨季のネパールの山岳地帯では、崖崩れは日常茶飯事らしい。結局、車が通れるようになったのは3時間後だった。

アルニコ・ハイウェイ ダルバート

途中、掘っ建て小屋の店で、ネパール料理のダルバートを初めて口にした。豆のスープとスパイシーな副菜と美味しいチキンをご飯で食べるというのは、とても好みで、これが食べられるならネパールは大丈夫だと思えた。

アルニコ・ハイウェイ 牛

昼食後、再びジープは渓谷沿いの道を進む。定員オーバーのジープは窮屈だったが、全開の窓から吹き込む風が気持ちよかった。乾いたチベットからヒマラヤを下るにつれて、景色が少しずつ着実に変わってきた。緑は深まり、空気は重さを増した。呼吸はラクになったが、代わりに汗がにじむようになった。カトマンズへ続く道は、次第に舗装された道路になった。

アルニコ・ハイウェイ カトマンズ 遠景
アルニコ・ハイウェイ カトマンズ 街並み

長時間の揺れと埃にまみれながら、ようやくカトマンズ盆地へと入る。景色が開けた瞬間、ジープの運転手がにっこり笑って車を停めた。「ビューポイント!ビューティフル!」、その言葉の通り、初めて見るカトマンズは、これまで見た他のどことも違う、記憶に残るものだった。

長時間の運転で疲れているはずなのに、わざわざ僕らのためにしてくれて嬉しかった。ネパールに来る前からネパール人は親切だと聞いていたが、国境で一番最初に出会ったジープのドライバーもその一人だった。

カトマンズ Cherry Guesthouse

建物が密集し始めると、車内に安堵の空気が流れた。騒音の数も人も数も一気に増える。目的地であるカトマンズのツーリストエリア「タメル地区」は、車で入るのが申し訳なく思えるほど混雑していた。ジープを降りたのはまだ明るい17時。外の雑踏や匂いは、どこか懐かしさがあった。

チベット自治区のラサから4泊5日の移動の旅を終えて、ついにネパールへやってきた。成都でバックパッカーのS君に教えてもらった「Cherry Guesthouse」という宿にチェックイン。緊張の糸がほぐれるとはまさにこの時で、部屋に着いて、荷物を降ろし、ベッドに寝転ぶ瞬間の安堵感は何物にも変えられない。

Memo
・国境のコダリからカトマンズまでのジープ代:一人600ルピー(約1080円)
・コダリからの途中で食べたダルバート一人前+チキン:120ルピー(約220円)
・カトマンズのゲストハウスのツインルーム:一部屋300ルピー(約540円)