2007年5月2日

陸路で国境を越えてカンボジアのシェムリアップへ

アランヤプラテート タイ カンボジア国境

タイ北部チェンマイを出発した寝台列車は、約15時間後に小雨の降るジメジメした朝のバンコクに到着。この後、国境を越えてカンボジアへ入国するはずだったが、朝8時にフアランポーン駅前から出る国際バスに乗り遅れてしまった…。僕がバスの出発時刻を30分勘違いしていたのだ。公衆電話からバスを手配して貰ったTATに連絡すると、「今日はもう国際バスはないが国境まで行く乗り合いバスに乗ることができる」とのこと。

10名ほどの欧米人バックパッカーが乗ったミニバスに相乗りして、3時間ほどで国境の町アランヤプラテートに到着した。「国境」という言葉の響きは好奇心を掻き立てる。

国境の町 ポイペト

タイとカンボジアをつなぐ国境ポイペトのイミグレーションで入国手続きをして、旅の2ヶ国目カンボジアに入国した。僕らにとって初めての陸路国境越えだ。しかし、一歩足を踏み入れたカンボジアは、タイ側とは明らかに様子が違う。降ったばかりのスコールでグチャグチャになった路上では、裸足の幼い子供達が「ワンダラー、ワンダラー」と小さな手を広げて寄ってきた。空き缶やペットボトルを拾い集める子供もいる。地雷で足を失ったと思われる男性が地べたから強い視線をこちらへ向ける。そしてその横をこの町にあるカジノに遊びに来たと思われるベンツが走る。タイでは禁止されているカジノがカンボジアでは合法なので、タイの金持ちや官僚がここまで来るらしい。客待ちをするバイクタクシーの運ちゃんの視線を浴びる。初めての陸路の国境越えは、呑気に記念撮影をするような雰囲気ではなかった。カンボジアを訪れた理由は、アンコールワットをこの目で見たいからだが、旅というのは期待と一緒に現状も思い知らされる。

世界中から観光客が訪れるアンコールワットがあるシェムリアップまでは、国境からバスで5~6時間、バックパッカーの間でアジア三大悪路と言われている未舗装の道を走り抜ける。レートの悪い両替屋で少しだけタイバーツをカンボジアの通貨リエル(Riel)に替え、スコールで川のようになった道路に待機していたシェムリアップ行きのバスに乗り込んだ。

カンボジアの悪路

バスが走り出すとすぐにアスファルトの道路はオフロードに変わった。でこぼこだらけの道にバスの車体が大きく跳ね、窓ガラスがギシギシと音を立てる。しばらく走れば少しはマシになるだろうと思っていたがその後もずっと変わらなかった。砂埃を浴びて走ったり泥の中を走ったり…。シェムリアップまでは150km弱の距離だが、速度が出ていないので時間がかかるだろう。タイヤがパンクしたり故障して立ち往生したバスやトラックと何台もすれ違う。無事にシェムリアップに着くのか心配だった。

カンボジアの農村地帯

激しく揺れ続けるバスの車窓には、高床式の家屋や畑がある以外は、地平線までのどかな農村の風景が続いている。バスから眺める夕日が美しかったが、太陽が地平線に隠れると辺りは真っ暗になった。すれ違う車のヘッドライトだけが道を照らしている。

カンボジアの故障したバス

途中で寄ったバスの乗客向けのロードサイドのレストランで、食事とトイレ休憩をして再びバスに乗り込むと、困った事態が発生した。悪路のせいかバッテリー周りがダメになりエンジンがかからなくなってしまったらしい。乗客の男たちでバスを押してエンジンの走りがけに成功。高校生の時に乗っていた原チャリのバッテリーが上がってしまった時を思い出した。すぐにエンジンがかかってくれて良かった。

シェムリアップの安宿

シェムリアップに到着したのは、タイの国境を出発してから7時間後の22:00だった。チェンマイを出発してからここまで30時間以上も移動を続けていたことになる。シェムリアップは、アンコール・ワットがあるだけあって大型ホテルも建ち並んでいる。今夜の宿が決まっていないので、バスのスタッフに町の中心部から少し離れたWinter Guest Houseというバックパッカー向けの安宿に連れて行ってもらった。胡散臭い印象の安宿だが深夜に宿を探すことは避けたかったので、エアコンとホットシャワー付きでダブルが7ドル or 3万リエルの部屋に一泊することに決めた。

カンボジアの通貨はリエル。ホテルや観光客向けの施設では米ドルを使えるが、町で買い物をする場合は現地通貨のほうが小額ずつ払えるので損がない。両替屋のレートは1ドルが4,000リエル。支払い時に頭の中でレートの計算をするのが大変だ。さらにカンボジアではタイバーツも流通している。よほど自国の通貨が弱いのだろう。