アンナプルナ トレッキング(前編) Day 1 – Day 6

Day 1:ナヤプル (1170m) ~ ヒレ (1524m)

2007-10-31

ポカラの町から望むマチャプチャレの南壁

最初にポカラを訪れた9月中旬は雨季だったので、ゲストハウスの屋上から眺めるマチャプチャレ(6,993m)は雲に隠れていたが、ネパール最大の秋の祭り「ダサイン」が終わった10月末になると、マチャプチャレはその美しい姿を一日中現すようになった。ネパールのヒマラヤ、アンナプルナにトレッキングシーズンが到来したのだ。

本来なら、僕とマイコはビザの期限が迫っていたこともあって、次の目的地インドへ南下する予定だった。しかし、このベストなタイミングに、ただ山を遠くに眺めて去るのは惜しい。ゲストハウスで知り合った旅人と語るうちに、これは登るしかないんじゃないかと盛り上がり、急遽、アンナプルナをトレッキングをすることに決めた。

実は、以前にバンコクのゲストハウスで知り合った旅人から、「ネパールのヒマラヤを歩き、見る角度によって山頂の形が魚の尾びれの様に見える山が神秘的だった」という話を聞き、その山のピンバッジを見せてもらったことがあった。それがマチャプチャレだった。その時は、本格的な登山経験がない僕にとっては、ヒマラヤをトレッキングするなんて、どこか別世界の事のように感じていた。でも、旅は思いがけない方向へ背中を押してくれる。

一緒に登るメンバーは6人。僕たちはポカラのイミグレーションオフィスでネパールの滞在ビザを延長し(1900ルピー)、ツーリストセンターでアンナプルナ山域への入域許可証(2000ルピー)を取得した。町のアウトドアショップで、携帯食料や防寒具を買い揃えていくうちに実感が湧いてきて、ワクワクと同時に不安も感じていた。これまでの旅も何とかなってきたし大丈夫だろうという根拠のない自信と好奇心しかなかった。

そしていよいよトレッキング出発の日を迎えた。

アンナプルナの玄関口 ナヤプル

ポカラのゲストハウスから車に揺られて約1時間、トレッキングの出発地点、アンナプルナ山域の玄関口、標高1,170mの「ナヤプル」に到着。ここで許可証のチェックをして、朝10時頃にアンナプルナ・ベースキャンプ(標高4,130m)を目指すトレッキングをスタートした。

トレッキングルートとモディ川

通常、ヒマラヤのトレッキングでは、トレッキングツアーを取り扱う旅行会社を通して、ガイドやポーターを手配してもらって、ツアー行程に沿って進むのが一般的。しかし、僕らはメンバーが6人集まったこともあり、お金もかけたくなかったので自分達だけで挑むことにした。

モディ川に架けられた吊り橋

山では、水や食料の価格が倍以上するので、バックパックに詰められるだけの食料や水を詰め込んできた。トレッキングで推奨される荷物の重さは5kg程度とされるが、僕は一眼レフを含めて10kg背負っていた。分かっていたことだが、重たく、この先が思いやられた。

マオイスト 通行料のレシート

歩き始めてしばらくすると、赤旗を掲げたマオイスト(ネパール共産党毛沢東主義派)が道を塞いでいて、トレッカーから通行料を徴収していた。すでに正規の入域料を払っている僕らとしては納得いかないが、マオイストは「払わなければ通さない」と譲らない。別の欧米人のトレッカーたちは「払う義務はない!」と怒鳴っていたが、僕らは揉め事は避けたかった。マオイストの要求する金額は1人1日300ルピーだったが、少し渋っていたら「1日100ルピーでいい」と言う。結局、僕らは日帰りトレッキングということにして、6人分の600ルピーだけ支払い、後で「600」と書かれたレシートに「0」を一つ書き足しておいた。

アンナプルナのラバ

最初のうちこそ足取りは軽かったが、重たい荷物を背負って歩く厳しさをすぐに思い知らされることになった。石ころだらけの山道は歩きづらく、上り坂ではすぐに息があがってしまう。秋の太陽がじわじわと照りつけ、容赦なく体力を奪っていく。30分歩いては、岩に腰を下ろして5分休むというペースで先を目指した。そんな中、ラバを引き連れた山の民は、休憩中の僕らを横目にサンダル履きでスタスタと登っていく。

アンナプルナ ヤギの群れ
アンナプルナ ヤギの群れ

トレッキングルートは、アンナプルナに住むグルン族にとっては生活の道。小柄なグルン族の青年が羊や山羊を連れて移動していて、狭い道から溢れんばかりの家畜が通り過ぎる。群れが通過した後は、コロコロと大量の糞が転がっていた。

アンナプルナ 稲刈りをする女性
アンナプルナ 稲穂

途中、グルン族の女性が稲の刈り入れをしていた。「アンナプルナ」とは、サンスクリット語で「豊穣の女神」のことだが、金色の稲穂が風に揺れ、まさに豊穣の季節を感じさせる光景が広がっていた。

ヒレのロッジからの眺め

ビレタンティ(1025m)の集落を通過し、ヒレ(1520m)に着いたのはスタートから6時間後の16時。まだ外は明るかったが、トレッキング初日なので無理をせずこのロッジで一泊することにした。

ヒレのロッジ 室内

アンナプルナ山域のロッジの宿泊料は、ポーターやガイドを雇っている場合は100ルピーが相場らしいが、僕らは個人なので30ルピーだった。ロッジは木造の素朴な作りで、ベニヤ板の壁が頼りない。
50ルピーのホットシャワーで汗を流し、160ルピーのダルバートでお腹を満たす。歩き疲れた後に飲む甘いチャイは最高にうまかった。夜9時に就寝。まだ標高1500mだが、夜は少し寒かった。

Day 2:ヒレ (1524m) ~ バンタンティ (2824m)

アンナプルナ 乾燥させたトウモロコシ

2007-11-01

朝6時半に起床。足に6時間歩いた疲労がずっしりと残っていた。ロッジの外に出ると空気はひんやりとしている。シーンと静まり返った谷間の景色を眺めながら、ヨガの太陽礼拝をしたら、筋肉が伸びて気持ち良かった。

アンナプルナ ヒレのロッジ

地図で今日のルートを確認すると、一応の目的地とした「バンタンティ」までは、この先にある「ティケドゥンガ」から一度谷を下り、バンタンティまで再び登らなければならないが、そのルートに「3,280 Stone Steps」と記載があった。昨日だけでも大変だったが、まるで山に試されているような数字に気合いが入る。

物資を運搬するラバ
ティケドゥンガのロッジ

ティケドゥンガは山の斜面の細い階段ルートにロッジが建てられ、いい雰囲気だった。たくさんの荷物を背負ったラバが音を立てながら石階段を登っていく。

アンナプルナ 3,280段の石階段

ティケドゥンガ通過して谷を下り、谷間の橋を渡ると、3,280段の石階段が始まった。ここから標高差500mを延々と続く石階段を登る。会話もなく、修行僧の様に黙々と階段を登た。バックパックの中の食料やペットボトルの水が憎いほど重たい。4時間登り続けても、まだ石階段は続いた。

アンナプルナの棚田

悪夢のような石階段が終わりに近づいた頃、見晴らしのいい高台があったので、1時間ほど食事休憩。その高台から眺めるアンナプルナの棚田は息を飲むほど美しかった。

アンナプルナ グルン族の女性とラバ

ウレリの集落を越えたあたりから階段の傾斜は緩やかになり、息も整えやすくなってきた。でも、足はすでに限界を迎えていた。

ヒマラヤの桜

道の脇には、ヒマラヤの桜が花を咲かせていた。日本の桜の原種とされるヒマラヤの山桜は、秋に咲いていた。

グルン族 鶏

トレッキングで通過するグルン族の村々では、どこか懐かしさを覚えるような光景を見ることができる。

バンタンティのロッジ

出発からおよそ7時間。午後3時過ぎに、ようやく標高2,824mのバンタンティに到着した。傾斜に建てられた木造のロッジは、ダブルルームが50ルピー。

バンタンティのロッジの部屋

窓からは山並みが一望できる。しかし、陽が傾くにつれて、空はみるみるうちに濃い霧に覆われ、あっという間に辺りは真っ白になってしまった。

トレッキングの夕飯 ダルバート

部屋代こそ安いが、夕食のダルバートは195ルピー、コーラは500mlで100ルピー。ポカラの2〜3倍の価格だ。
食後はもうクタクタで、この日記を書くのも嫌になるほどだった。夜9時半、疲労の重さと一緒に固いベッドに沈み込み、深い眠りに落ちた。

Day 3:バンタンティ (2824m) ~ ゴレパニ (2853m)

2007-11-02

朝はロッジのデッキで、のんびりと山を眺めながら朝食。足はふくらはぎから太ももまで、筋肉痛でパンパンだった。幸いなことに今日のルートは標高差も少なく、地図を見る限りでは比較的緩やかなルート。少しゆっくりしてから出発することにした。

ゴレパニまでの山道
ゴレパニまでの山道
濡れたトレッキングルート
ゴレパニまでの山道とトレッカー

11時にロッジを出発し歩き始めてしばらくすると、日本人の団体トレッカーに出会った。こんな山奥で日本の年配の方々と遭遇するとは思っていなかったが、アンナプルナには、日本から訪れる人も多いらしい。この先のプーンヒルというビューポイントまでのトレッキングをしているとのことだった。地元の隣駅に住んでいる女性もいて、世界は広いようで狭いと思った。

アンナプルナの深い森

アンナプルナの深い森には、大小様々な滝が流れ、岩を伝い、苔むした木々の間を抜けて流れ落ちている。

アンナプルナ 森の中の石橋

今日のルートは歩きやすいが、空はずっと曇っていて、太陽の光は雲に隠れたまま。足を止めると汗が冷えて体温が奪われる。

アンナプルナのラバ

時折、山道の先からラバの一団が現れる。2、3頭のこともあれば、10頭以上のこともある。馬たちは、アンナプルナで物資を運ぶ唯一の手段。山に住む人々やトレッカーを支える物資を背中に乗せて、足場の悪い山道を4本の足で歩いていく。

ゴレパニのロッジ

午後3時、標高2,874mのゴレパニに到着。ロッジに入ると、どっと疲れが押し寄せてきた。気温も下がり、僕は歯をガチガチと鳴らすほど震えていた。

Hotel See You Lodge & Restaurant

ロッジにはホットシャワーがあり、ダイニングには暖炉もあったので、冷え切った体を温めることができた。
明日は夜明け前に起きて、近くにある「プーンヒル」という丘の上に登るため早めに就寝した。

Day 4:ゴレパニ (2853m) ~ プーンヒル (3210m) ~ デウラリ (3103m)

2007-11-03

朝4時半、眠気の残る体でロッジの外へ出ると、満天の星空が夜明け前の澄んだ頭上に広がっていた。早朝のロッジでは、「寒いからこれを飲んで体を温めなさい」とスタッフがホットティーを用意してくれた。

夜明け前のプーンヒル

朝5時、いよいよプーンヒル目指して出発。夜明け前の山道を、小さなライトの光を頼りに登る。疲労と筋肉痛の体に350mの標高差はキツい。1時間ほど登った頃には、空がジワリと明るくなってきた。

プーンヒル 夜明けの空

そして、プーンヒルの頂上にたどり着いた時には、山々の稜線の向こうから夜が明けようとしていた。

プーンヒル 展望台
プーンヒル トレッカー

世界中から集まったトレッカーたちが、太陽が現れるのを待っていた。

ダウラギリの南壁

プーンヒルから遠くに見えるダウラギリの南壁を朝日が照らす。

プーンヒルから望むダウラギリ

ダウラギリ山系のなかで最も高いダウラギリI峰の標高は8,167m、世界第7位の高さを誇る。サンスクリット語で「白い山」を意味するダウラギリは、エベレスト測量以前は「世界一高い山」とされていたこともある。プーンヒルとの標高差は約5,000m。周囲のヒマラヤから独立していて、麓が見えないこともあり、孤高の美しさを感じる山だ。

アンナプルナ連峰とマチャプチャレ

山々に東の空からうっすらと光が射し込みはじめると、アンナプルナ連峰が少しずつ夜のベールを脱ぎ始める。右奥に霞んだマチャプチャレ(6,993m)、左手前には、アンナプルナサウス(7,219m)、その奥はヒウンチュリ(6,441m)がそびえている。

アンナプルナサウス
Annapurna South (アンナプルナサウス) 7,219m
Poon Hill プーンヒルの看板
Poon Hill (プーンヒル) 3,210m
プーンヒルからのパノラマ
プーンヒルから眺めるダウラギリ(左奥)、アンナプルナ連峰、霞むマチャプチャレ(右奥)
プーンヒル 下山

朝焼けの絶景を後に下山を始めた。昇った太陽が渓谷を熱して雲が湧く。さっきまで晴れ渡っていた景色はあっという間に水蒸気に包まれていった。

標高3,200mのプーンヒル周辺で撮影した植物。富士山だと八合目付近の高さで森林限界のさらに上で木は生えていないが、ヒマラヤでは森があり、瑞々しい土は地衣類などの高山植物で覆われていた。

上から見下ろすゴレパニのロッジ

下山の途中、眼下に出発したゴレパニのロッジが見えた。下山は約40分とスムーズだったが、ロッジに戻る頃には足の筋肉が限界を迎えていて、一度しゃがんだら立ち上がるのも辛いほど。朝4時起きの急登と下山で、体力も気力も底をついていたので、出発を遅らせて、仮眠をとることにした。

ゴレパニのロッジのダイニング

11時半になってようやく再出発。トレッキングはまだ4日目だが、皆の足取りが重い。普段、山登りやトレーニングをしていない体には、相当応えるということを実感した。

アンナプルナ ヤクウールの手袋やニット帽

午後3時、標高3,103mのデウラリに到着。ロッジの外で土産物を売る女性が「タダでいい」というロッジに泊まることにした。これまでの旅でたくさんのゲストハウスや安宿を利用してきたけど、タダというのは初めてだった。そのお礼ではないが、ロッジの前で売られていたヤクの毛で編まれた手袋を2個600ルピー(約1,200円)で購入した。デウラリの深い森の中でロッジを切り盛りしていたのは、身長140cmほどの小柄なグルン族の奥さんと、15歳くらいの娘さん。5歳くらいの元気な男の子もいた。皆、とびきりの笑顔で迎えてくれた。彫りの深い顔立ちの人が多いカトマンズのネワール族と違って、グルン族の人々はチベット系なので、どこか日本人にも似ている。

デウラリ ロウソク ロッジのベッド

外は静かに暮れていった。ここのロッジも例によってベニヤ板の薄い壁で仕切られただけの部屋。電気もないのでロウソクで過ごしたが、ダルバートもアンナプルナの自酒も美味しく、心に残る夜だった。

Day 5:デウラリ (3103m) ~ チューレ (2500m)

2007-11-04

デウラリのロッジと土産物

朝9時にデウラリのロッジを出発した。プーンヒル経由でアンナプルナ・ベースキャンプを目指すルートは、マイナールートなのでグループトレッキングが推奨されている。

アンナプルナのマイナールート

トレッキングシーズンにもかかわらず、ほとんど他のトレッカーを見かけない。ガイドもいない僕ら6人だけで、ひたすら森の中を歩いていく。薄暗く、足元は湿っていて滑りやすい。

チューレのロッジ Mountain Discovery

出発から5時間後、チューレ(Chuile)の集落の見晴らしのいい丘に出た。まだ午後3時前だったが、雨も降りそうだったので、高台に建ったロッジ「Mountain Discovery」に一泊することにした。ロッジの目の前に雲が流れて幻想的だった。

チューレのロッジの寝室

今日は標高を下げるルートで、距離もそれほどなかったけれど、精神的にはぐったりと疲れた一日だった。

Day 6:チューレ (2500m) ~ シヌワ (2340m)

2007-11-05

チューレのロッジ
アンナプルナのラバ

6時起床。目玉焼きとシリアルの朝食をとる。ロッジの裏手では、運搬用のラバが飼育されていた。アンナプルナでは車もバイクも通れない。だから、生活物資も観光客の荷物も、すべて馬やラバが背負って運ばれる。

アンアプルナの麻

ネパールのヒマラヤでは麻を育てる農家もあり、ロッジの前の斜面にも3mを超える巨大な麻がバッズ(花穂)を付けていた。

アンナプルナ 吊り橋

ロッジを出て歩き始めると、ちょうど山の子供たちの登校時間だった。谷間に架かる吊り橋を渡り、子供にとっては背丈の半分もある石階段をピョンピョン飛びながら元気に走っていく。

アンナプルナ 崖崩れ

途中、崖崩れで道が一部崩落している場所もあり、慎重に足場を確認しながら進んでいく。

フィンガーミレット コドの畑
フィンガーミレット コドの畑

穂が指状になることからフィンガーミレットと呼ばれる穀物。ネパールでは「コド」と呼ばれ、小さな種子を蒸してご飯の様にしたり、粉にしてロティ(薄焼きのパン)のようにして食べられるほか、地酒のロキシーや、チベット系の発酵酒トゥンバの原料としても使われる。

チューレからチョムロン、シヌワへと続くルートは、開放的で歩きやすい。

チョムロンの中学校

チョムロンという比較的大きな集落にあった中学校。ちょうど下校の時間だったのか、制服を着た生徒たちが外に出ていた。

長い石階段を登り切るとシヌワ(2,340m)に到着。風が強く雨も降りそうだったので、今日はここのロッジで一泊することにした。すると、マイコがタイのタオ島でダイビングをした時にダイブショップで働いていたインストラクターの女性が同じロッジに宿泊していた。お互い、まさかこんなヒマラヤの山奥で再会するとは思っていなかったので驚いていた。

シヌワから先は、アンナプルナベースキャンプ(A.B.C)へ続く一本道。往路と復路が同じなので、トレッカーの数も増えるため、ロッジには早めにチェックインしないと満室になることがあるそうだ。

アンナプルナトレッキング後編へ続きます。