TRAVELOOSEについて

2007年にバックパッカーとして世界を旅した際に立ち上げたホームページです。いつか、小学生の息子が親の旅した世界に興味を持ったら読むだろう思って、当時の旅行記をベースに加筆を加えながらルーズに更新しています。

2007年の時代背景

2007年はまだスマホのない時代で、今より圧倒的に旅の情報量が少なく、古本屋で買った『地球の歩き方』や、安宿に置かれた宿泊者による情報ノートが旅の主な情報源でした。僕は、撮影データのバックアップと旅行記を書くためにノートPC(Let's note)を持って旅していたけどWi-Fiにつなげることはほぼなくて、宿のPCコーナーやネットカフェで、有線LANでネットに接続してホームページを更新していました。

世界は、イラク戦争が長期化して原油価格は史上最高値(燃油サーチャージが高かった)、イスラム原理主義組織ハマスがパレスチナのガザ地区を武力占拠し、ミャンマーでは軍事政権に反対するデモ鎮圧のために政府が国民を武力弾圧、年末にはアメリカのサブプライムローン問題で金融市場の大混乱が始まった年。

でも、その後の世界で起きた紛争や災害、311、メルトダウン、ロシア・ウクライナ戦争、新型コロナのパンデミック、世界のインフレに取り残された日本人を経験すると、今よりずっと旅をしやすい時代だったように思う。

よく質問されること

どこが良かった?

チベットとネパールのヒマラヤ圏、南米のアンデス圏、静かなビーチでダラダラと過ごしたタオ島、若きメッシの試合を観たバルセロナのカンプノウ、イースター島のキャンプ生活、サハラ砂漠のキャンプ。

何が旨かった?

東南アジアで飲むビール。ベトナムで食べたほとんど。四川省やチベットの安い飯屋。ヒマラヤ(アンナプルナ)のロッジで食べるダルバート。スペインのバル。エジプトのコシャリ。サハラ砂漠のキャンプで飲んだ鶏がらスープ。ペルーで食べたほとんど。イースター島のマグロのエンパナーダ。世界各地の日本食レストランの日本食。

いくらかかった?

ワンワールド系列の世界一周航空券(四大陸 計18フライト)が燃油サーチャージ込みで53万、旅先で使った費用が150万円。

1ドル120円、1ユーロ156円の相場で、まだそこそこ円が強かった印象。当時の新生銀行は海外ATMでも手数料無料で現地通貨を当日のレート引き出せたので便利だった。

危険はなかった?

ネパールのカトマンズとインドのバラナシでは、どちらも滞在中にすぐ近くで爆弾テロがあり、死者も出て外に出るのが心配になる状況に。ペルーでは、政府の政策に反対する農民による道路封鎖デモ(ブロッケオ)で乗っていたツーリストバスが立ち往生し、バスから降りると現地の人に投石されるというヤバめな状況に巻き込まれ、6時間後のデモ解散までアンデスの山の中で待つことになった。

盗難被害は一度だけあり、ペルーとボリビアの国境デサグアデーロで、国境警察に荷物検査だと止められて、国境にある警察署内の個室に連行され、隠していた腰のマネーベルトまで取られ、複数人の国境警察による荷物チェックのどさくさに紛れて警察に現金(ユーロ札)を抜かれました。

体調関係は、日本にいる時より常に健康的な生活を送れていたけど、中国で細菌性の胃腸炎にかかり、かなり症状が酷かったので人民病院に三日間点滴に通うということがあった。回復したと思ったらすぐに宿のベッドで南京虫に身体中を刺されてしまい、その後、痒みが長期間続いたのでキツかったです。

何か変わった?

自分自身は何も変わらないけど、色々な世界があり、色々な人がいて、色々な考え方があるということを実感できたのは良かった。